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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)252号 判決

大阪府八尾市若林町2丁目58番地

原告

株式会社パトライト

代表者代表取締役

佐々木宏樹

訴訟代理人弁理士

亀井弘勝

稲岡耕作

大阪府大阪市鶴見区放出東3丁目30番20号

被告

アサヒ電機株式会社

代表者代表取締役

森永鐡雄

訴訟代理人弁理士

武石靖彦

村田紀子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第4207号事件について平成9年9月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「回転警告灯」(ただし、意匠登録出願時は「積層回転灯」であったが、後に「回転警告灯」と補正された。)とし、その形態を別添審決書写し(以下「審決書」という。)別紙第一のとおりとする登録第624759号(昭和56年5月29日意匠登録出願(昭和56年意匠登録願第23584号)、昭和59年2月13日設定登録。以下、この登録に係る意匠を「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。

被告は、平成4年3月10日、本件登録意匠について登録無効の審判を請求し、平成4年審判第4207号事件として審理された結果、同年10月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があったので、同年12月1日、東京高等裁判所に上記審決の取消訴訟を提起した(平成4年(行ケ)第227号)ところ、平成5年7月15日、上記審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)が言い渡され、前判決は確定した。

しかして、特許庁は、平成9年9月4日、「登録第624759号意匠の登録を無効とする。」との審決をなし、その謄本は同月24日原告に送達された。

2  審決の理由

審決書記載のとおりであって、要するに、前判決において示された、「出願に係る本件登録意匠の要旨は各階層の基板上の装置をすべて角筒状の単一着色透明のグローブ又は無色透明のグローブでおおって頂端を天板で固定した構成のものであるのに対し、昭和57年9月6日付け手続補正書による補正(本件補正)後の本件登録意匠の要旨は各階層の基板上の装置を角筒状のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおって頂端を天板で固定した構成のものであるから、本件補正は出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものであって、本件登録意匠の登録出願は本件補正書を提出した時である昭和57年9月6日にしたものとみなされる」旨の判断に従い、本件登録意匠は、その出願の日を昭和57年9月6日と見做すほかないとした上、本件登録意匠は、昭和57年7月1日株式会社日刊工業新聞社発行の技術雑誌「機械技術7月号」36頁所載の「回転警示灯パトライト」に記載の意匠(形態は審決書別紙第二のとおり)に類似する意匠であるから、意匠法3条1項3号の規定に違反して登録されたものであり、その登録を無効とすべきものである、としたものである。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由1、2は認める。同3(1)のうち、「それぞれ異なった色に着色した透明なグローブ」の部分は争い、その余は認める。同3(2)は認める。同3(3)のうち、審決書30頁18行ないし31頁18行の部分は認めるが、その余は争う。同3(4)、(5)は認める。同3(6)は争う。

本件補正は出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものであるとした審決の認定、判断は誤りであり、この認定、判断を前提として、本件登録意匠につき意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断も誤りである。

(1)  審決は、前判決の「グローブの各階層は全く同一の透明に現わされ、各階層間に明度の差異がなく、・・・グローブを各階層毎に異なる着色・・・とすること示す・・・示唆も存しないことが認められる。」との認定、判断を前提としている。

しかしながら、図面代用写真であるモノクローム写真だけでは、色彩の種類、濃淡等の区別ができないのが一般的である。このことは、甲第33号証、甲第34号証の各1ないし4によっても明らかなとおり、回転警告灯において、階層毎にグローブを異なった色に着色している場合であっても、これを撮影したモノクローム写真では常に各階層に明度の差異があるわけではなく、グローブの着色度合によっては、各階層に明度の差異なくモノクローム写真を撮影して提供することが可能であることからも裏付けられる。

したがって、色彩の認定を、本件登録意匠のモノクローム写真の視覚的効果に依存した前判決の上記認定、判断は誤りである。

審判手続において、原告が上記の点を指摘したにもかかわらず、審決は、この点についての検討を怠ったものであって、審理不尽というべきである。

(2)  本件登録意匠に係る物品である「回転警告灯」の分野、これと意匠の属する分野を同じくする信号灯において、複数の階層によるグローブを有する場合に、そのそれぞれを異なった色に着色することは、甲第2号証ないし甲第19号証(枝番を含む)からも明らかなように、当業者において周知慣用の手段であり、常識的なことである。

ところで、本件登録意匠について、原告は、出願当初、「意匠の説明」を「グローブは着色または無色の透明である。」とし、「意匠に係る物品の説明」を「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、角筒状のグローブでおおって天板で固定した積層回転灯。」としたところ、特許庁審査官から、「透明部」及び「使用目的」が不明確であるとの拒絶理由通知を受けた。

そこで、原告は、グローブについて、「単一着色透明」か「無色透明」かのいずれかを選択するのではなく、回転警告灯の実施される状態を説明して上記不明確な点を解消すべく、また、上記のとおり、回転警告灯の分野において、複数の階層のグローブを異なった色に着色することが周知慣用の手段であることを配慮した上、「意匠の説明」を「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」とし、「意匠に係る物品の説明」を、その物品の理解を助けることができるように、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、各階層毎の色の異なる角筒状のグローブでおおって天板で固定し、各階層の回転灯装置より給電線を下部ケースの底穴より外部へ導出した構造の回転警告灯であり、例えば自動工作機器の電気制御部へ給電線を接続し、故障の場合は下より1層目へ給電して回転放光させ、材料切れは2層目を回転放光・・・と各階層色別に回転警告を発するものである。」とした昭和57年9月6日付け手続補正書(本件補正書)を提出したのである。

上記のとおり、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを異なった色に着色することが当業者において周知慣用の手段であり、常識的なものであることが明らかである以上、本件登録意匠の要旨は、図面代用写真であるモノクローム写真により現わされた意匠によって認定されるべきであり、実際の実施物品としての着色説明は補足的なもので、登録意匠の範囲から除外されるべきである。

このように解することが、彩色出願の場合、白黒いずれか一色のみの彩色省略を許し、他色の省略を許さないとした意匠法6条6項の規定との整合性を保持することができるものである。また、意匠法には、特許法におけるような訂正審判制度がなく、登録後の自発的訂正が不可能であるから、上記のように解することが妥当である。

しかるに、審決は、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを異なった色に着色することが当業者において周知慣用の手段であり、常識的なものであることを否定し、願書に添付した図面代用写真がモノクローム写真であるにもかかわらず、「意匠の説明」や「意匠に係る物品の説明」を取り入れて、補正後の本件登録意匠の形態について、「それぞれ異なった色に着色した透明なグローブ」と誤って認定したものである。

(3)  したがって、本件補正は出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものであり、その出願の日を本件補正書を提出した昭和57年9月6日と見做すほかないとした審決の認定、判断は誤りであり、この認定、判断を前提として、本件登録意匠につき意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断も誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  甲第33号証、甲第34号証の各1ないし4を提出しての原告の主張が、それぞれ異なった色のグローブを階層状に積み重ねた回転警告灯が保護を求める創作意匠の本質であったという趣旨であれば、失当というべきである。けだし、第三者が、本件意匠登録出願当初の手続書類から本件登録意匠の要旨として認識することができた範囲は、「各階層のグローブが無色透明である回転警告灯」及び「各階層のグローブがすべて単一着色透明である回転警告灯」までが限度であり、「各階層毎にグローブを異なった色に着色した回転警告灯」までを認識することは不可能である。

また、原告は、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを異なった色に着色することが当業者において周知慣用の手段であり、常識的なものであることを根拠として、審決のした本件登録意匠の要旨の認定を非難しているが、出願時点で表記された創作意匠の要旨が周知慣用の事項まで包摂するという論理はあり得ない。

(2)  本件補正が出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものであることは、前判決によって確定した判断であって、行政事件訴訟法33条1項により、特許庁はこの判断に拘束されるものである。

したがって、確定した前判決に基づき、本件補正は本件登録意匠の要旨を変更するものであるとして、特許法40条(平成6年法律第116号による削除前のもの)を準用する意匠法15条1項(上記法律による改正前のもの)の規定に従って、本件登録意匠の出願日を本件補正書の提出日である昭和57年9月6日と見做して、本件登録意匠につき意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断は正当であって、何ら違法はない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由1(請求人の申立及び理由)、同2(被請求人の答弁)、同3(当審の判断)のうち、(1)(本件登録意匠について)(ただし、「それぞれ異なった色に着色した透明なグローブ」の部分を除く。)、(2)(要旨の変更について)、(3)(着色することは、ありふれている点に関して)のうちの審決書30頁18行ないし31頁18行の説示部分、(4)(甲号意匠)、(5)(本件登録意匠と甲号意匠の類否判断)についても、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件補正は出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものであるとした審決の認定、判断は誤りであり、この認定、判断を前提として、本件登録意匠につき意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断も誤りである旨主張する。

しかしながら、特許庁審判官は、行政事件訴訟法33条1項により、前判決において示された、本件補正は出願当初の本件登録意匠の要旨を変更するものである旨の認定、判断に拘束されるものであり、したがって、同条2項に基づき、上記認定、判断に従ってなされた審決に何ら誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

なお、事案に鑑み、原告の具体的な主張について、念のため、項を改めて検討しておくこととする。

3(1)  原告は、図面代用写真であるモノクローム写真だけでは、色彩の種類、濃淡等の区別ができないのが一般的であり、甲第33号証、甲第34号証の各1ないし4からも明らかなとおり、回転警告灯において、階層毎にグローブを異なった色に着色している場合であっても、これを撮影したモノクローム写真では常に各階層に明度の差異があるわけではなく、グローブの着色度合によっては、各階層に明度の差異なくモノクローム写真を撮影して提供することが可能であることを理由として、前判決の「グローブの各階層は全く同一の透明に現わされ、各階層間に明度の差異がなく、・・・グローブを各階層毎に異なる着色・・・とすることを示す・・・示唆もないことが認められる。」との認定、判断は、色彩の認定を本件登録意匠のモノクローム写真の視覚的効果に依存したものであって誤りであり、審決はこの点についての検討を怠ったものであって、審理不尽である旨主張する。

確かに、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第33号証、甲第34号証の各1ないし4によれば、回転警告灯において、階層毎に透明のグローブを異なった色に着色している場合であっても、そのモノクローム写真では各階層間に特に明度の差異がないことが認められる。

しかしながら、意匠登録出願は意匠法6条、意匠法施行規則1条1項(現行規則2条1項)、様式第1(現行様式2)に従ってなすべきであり、したがって、登録意匠の内容についても、前判決の説示するとおり、願書の添付図面(この図面に代わる写真、ひな形又は見本)、「意匠に係る物品」、並びにこの記載のみでは意匠に係る物品又は意匠の内容を理解することが困難なときに願書に記載する「意匠に係る物品の説明」及び「意匠の説明」に基づいて定められるべきものであるところ、成立に争いのない乙第1号証によれば、本件意匠登録願書添付の図面代用写真の左右側面図、正面図、背面図には、グローブの各階層が全く同一の透明に現わされていることが認められること、願書の「意匠の説明」欄には、「グローブは着色または無色の透明である。」と記載されていることからすると、前判決が、「願書添付の図面代用写真の左右側面図、正面図、背面図には、グローブの各階層が全く同一の透明に現わされ、各階層間に明度の差異がなく、この点について、意匠の説明の欄には、「グローブは着色または無色の透明である。」と記載されているのみで、グローブを各階層毎に異なる着色又は無色とすることを示す形容詞句はおろか、これを示唆する「各々」等の語すら全く冠されてなく、その他願書の全記載を検討してもこのような記載も示唆も存しないことが認められる。」(甲第39号証15頁末行ないし16頁8行)とした認定、判断には、もとより誤りはない。

そして、回転警告灯において、階層毎にグローブを異なった色に着色している場合であっても透明であるときは、図面代用写真であるモノクローム写真では、各階層間に明度の差異がなく、着色の点を理解することが困難であるというのであれば、出願人たる原告としては、願書の「意匠の説明」欄にそれに相応した記載をなすべきであったのに、「グローブは着色または無色の透明である。」とし、第三者には、「単一着色透明のグローブ」又は「無色透明のグローブ」と認識される記載をしたものであって、このような記載をしておきながら、審決の審理不尽をいう原告の主張は当を得ないものというべきである。

(2)  次に、原告は、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを異なった色に着色することが当業者において周知慣用の手段であり、常識的なものである以上、本件登録意匠の要旨は、図面代用写真であるモノクローム写真により現わされた意匠によって認定されるべきであり、実際の実施物品としての着色説明は補足的なもので、登録意匠の範囲から除外されるべきである旨、このように解することによって、彩色出願の場合、白黒いずれか一色のみの彩色省略を許し、他色の省略を許さないとした意匠法6条6項の規定との整合性を保持でき、また、登録後の自発的訂正が不可能である意匠法のもとでは、上記のように解することが妥当である旨主張する。

成立に争いのない甲第15号証(実公昭46-37311号公報)、甲第16号証(実公昭52-41826号公報)及び甲第17号証(特公昭56-7242号公報)によれば、上記各公報には、複数の階層を設け、グローブの色を異にした信号灯が記載されていること、同じく甲第18号証(実公昭44-3859号公報)及び甲第19号証(実公昭53-37592号公報)によれば、上記各公報には、上下に階層を設け、階層毎に色を異にした回転警告灯が記載されていることが認められるが、これらの事実を併せ考えても、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを単一色ないし無色ではなく異なった色に着色することが当業者において周知慣用の手段であり、常識的なものであったとまでは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、意匠の要旨は、願書の添付図面(この図面に代わる写真、ひな形又は見本)、「意匠に係る物品」、「意匠に係る物品の説明」及び「意匠の説明」に基づいて定められるべきであるから、仮に、回転警告灯の分野において、各階層のグローブを異なった色に着色することが、当業者においてよく知られている事項であるとしても、本件意匠登録出願の願書に、各階層のグローブは異なった色に着色したものである旨の記載がなされていない以上、これを本件登録意匠の要旨として当然に取り入れて認定することができないことは明らかである。

また、「意匠に係る物品の説明」及び「意匠の説明」に記載されたグローブの色に関する説明も意匠の範囲を定める資料の一部というべきであって、図面代用写真であるモノクローム写真により現わされた意匠によってのみ本件登録意匠の要旨を認定しなければならないというものではない。

さらに、意匠法6条6項が、同条1項又は2項の規定により提出する図面、写真又はひな形にその意匠の色彩を附するときは、白色又は黒色のうち一色については、彩色を省略することができる旨規定しているのは、出願人の便宜のために設けられたものにすぎず、意匠の要旨の認定とは何ら関連性を有しないものであり、また、意匠法では、特許法とは異なり、訂正審判制度が設けられていないからといって、意匠の要旨の認定について、原告主張のように解さなければならない合理的理由は存しない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年5月14日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成4年審判第4207号

審決

大阪府大阪市鶴見区放出東3丁目30番20号

請求人 アサヒ電機 株式会社

京都府京都市中京区御幸町通三条上る丸屋町330-1 新実特許事務所

代理人弁理士 村田紀子

大阪府八尾市若林町2丁目58番地

被請求人 株式会社パトライト

大阪府大阪市中央区南本町4丁目5番20号 住宅金融公庫・住友生命ビル あい特許事務所

代理人弁理士 亀井弘勝

大阪府大阪市中央区南本町4丁目5番20号 住宅金融公庫・住友生命ビル あい特許事務所

代理人弁理士 稲岡耕作

兵庫県神戸市中央区雲井通4丁目2番2号 神戸いすゞリクルートビル 渡辺特許事務所

代理人弁理士 渡邊隆文

上記当事者間の登録第624759号意匠「回転警告灯」の登録無効審判事件についてされた平成4年10月8日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成4年(行ケ)第227号、平成5年7月15日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次の通り審決する。

結論

登録第624759号意匠の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

1.請求人の申立及び理由

本件審判請求人代理人は、「意匠登録第624759号(以下、「本件登録意匠」という。)の登録はこれを無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求める」と申し立て、請求理由を要旨下記のように主張し、立証として、甲第1乃至第9号証、甲第11号証の1乃至第18号証(枝番を含む)を提出した。

(1)本件登録意匠について

本件登録意匠は、昭和56年5月29日に意匠登録出願(昭和56年意匠登録願第23584号)され、昭和59年2月13日に意匠権の設定登録がなされたものであって、意匠に係る物品を「回転警告灯」とし、その形態を願書に添付した図面代用写真に示す通りとしたものであって、その形態の要旨は、電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に3段階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置を角筒状(立方体)のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおい、頂端を天板で固定した構成に存するものである。

(2)要旨の変更について

意匠法第24条において、「登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基いて定めなければならない。」とされている。本件登録意匠の場合、図面代用写真によって出願手続がなされ、願書の記載は昭和57年9月6日付で提出された「意見書に代え手続補正書」(甲第4号証)によって補正されているから、本件登録意匠の範囲は、本件手続補正書によって補正された願書の記載の「意匠に係る物品」、「意匠に係る物品の説明」、「意匠の説明」の欄に記載されている事項及び願書に添付した図面代用写真により現された意匠に基づいて定めなければならないものである。

意匠法施行規則(様式第1)(第1条関係)の〔備考〕欄20には、「別表第一の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品について意匠登録出願をするときは、「意匠に係る物品の説明」の欄にその物品の使用の目的、使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明を記載する。」とされているが、意匠に係る物品が別表第一の下欄に掲げる物品の区分のいずれかに属する場合においても、願書に「意匠に係る物品の説明」が積極的に記載されている以上、それが願書の記載の一部であることには変わりないから、意匠の範囲を定めるに当たってこれを参照することを妨げないものと解される。

してみると、本件登録意匠の要旨は、意匠に係る物品を「回転警告灯」とし、その形態を願書に添付した図面代用写真(甲第3号証の2)に示す通りとしたものであって、更に本件手続補正書によって補正された願書の記載事項を参照して、電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケースに3段階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置を角筒状(立方体状)のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおい、頂端を天板で固定した構成に存するものと認められる。

本件登録意匠は、着色限定の意匠ではないので、特定の色に着色されたものではないが、各グローブが異なった色に着色した透明なものであることは、補正された願書の「意匠の説明」及び「意匠に係る物品の説明」の記載から十分そのように理解できる。

本件意匠登録出願の出願当初提出された書類中、願書(甲第3号証の1)の記載によれば、意匠に係る物品は、「積層回転灯」として、意匠に係る物品の説明の欄において、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、角筒状のグローブでおおって天板で固定した積層回転灯。」とし、意匠の説明の欄において、「グローブは着色または無色の透明である。」とするものであり、願書に添付のモノクローム写真によって作成した図面代用写真(甲第3号証の2)によれば、各階層の三つのグローブは、それぞれ全く同一形態のものからなっていて、それらは、内部が透けて見える単一色着色または無色の透明グローブ体によって構成されているものと認められるものであった。

昭和57年9月6日付でなされた「意見書に代え手続補正書」(甲第4号証)により、願書の「意匠に係る物品」の欄が、「回転警告灯」と訂正され、「意匠に係る物品の説明」の欄が、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、各階層毎に色の異なる角筒状のグローブでおおって天板で固定し、各階層の回転灯装置より給電線を下部ケースの底穴より外部へ導出した構造の回転警告灯であり、例えば自動工作機器の電気制御部へ給電線を接続し、故障の場合は下より1層目へ給電して回転放光させ、材料切れは2層目を回転放光……と各階層色別に回転警告を発するものである。」と訂正され、「意匠の説明」の欄が、「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」と訂正されたものである。

上記の「意匠に係る物品の説明」の欄における、「電球の周部をモータの……回転警告を発するものである。」とする訂正、並びに、「意匠の説明」の欄における、「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」とする訂正は、三段に積層される角筒状のグローブを各階層毎に異なった着色のものとするものである。

ところがこのような構成の意匠については、本件登録意匠の出願の際提出された願書及び添付図面代用写真に全く現されていなかった事項である。そして、少なくともこの補正により全てのグローブが無色透明または単一着色透明なものを本件意匠登録の直接の対象外とする一方、新たな各グローブが異なった色に着色された透明なものとし、または、少なくともそれを新たに包摂しようとする出願人の意思は明らかである。

したがってこれらの訂正事項部分は意匠の範囲を定める中核を変更するものであり、いわゆる要旨の変更に該当するものといわざるを得ず、本件意匠登録出願は、意匠法第9条の二(平成5年4月法律26号で、本条追加)の規定により、「意見書に代え手続補正」なる書面が提出された昭和57年9月6日に出願されたと見做されることになる。

仮に、本件手続補正書(甲第4号証)による補正後の意匠が、出願当初の願書および添付図面代用写真によって定まる意匠と類似し、または、その意匠を利用するものであるとしても(請求人はこれを否定するものである)、意匠の範囲の中核が変更され、変更前のものに比して新たな類似範囲を持つに至るものである以上、要旨の変更と見做さざるを得ないものである。

(3)着色することは、ありふれている点に関して

信号灯(乙第2号証の1乃至第8号証の2(枝番を含む))は、点灯、消灯の選択的操作によって異なった視覚的情報を伝達するものとして構成すれば足りるものであって、異なった視覚的情報を伝達する目的において異なった色の灯を単一ないしは集合させて装置化する技術思想のもとに開発推移するものである。

回転警告灯(乙第9乃至第14号証)は、回転する凹面鏡の焦点に光源を配し、この光源を連続的に点灯させておき、凹面鏡で集光した強い光を、特定の視認位置にあたかも点滅光として伝達するべく構成したものである。

上記信号灯のように、光源体からの光線を直接的にグローブ越しに外部放射する構成のものと、上記回転警告灯のように、光源体からの光線を一旦凹面鏡で集光し反射によってグローブ越しに外部放射する構成のものとでは、異なった色の光線を外部放射させようとする場合に、前者の信号灯にあっては単に着色透明のグローブを用いる以外になく、後者の回転警告灯にあっては着色透明のグローブを用いてもよいし、あるいは凹面鏡を着色しておき無色透明のグローブを用いるように構成したものであってもよいはずである。

被請求人が主張するように、信号灯がその開発の過程において並置式から積層式へと推移し、各階層のグローブを各階層毎に異なった着色のものとすることが乙第3号証の1乃至第8号証の2(枝番を含む)により本件登録意匠の出願前に知られていたとしても、このことがそのまま当然のごとく複数層の回転警告灯を積層したものにおいて、各階層のグローブを各階層毎に異なった着色のものとする必然性はなく、本件登録意匠の出願前、回転警告灯の開発過程においてこれを周知慣用又は常識的であったとすることはできない。

本件意匠登録出願について、願書に添付の図面代用写真によって現し、意匠登録出願がなされ、その願書に添付の図面代用写真(モノクローム写真)において、各階層のグローブが、いずれもバックに透き抜けた全く無色の透明体であることからも明らかなものである。意匠に係る物品の説明の欄の記載、「電球の周部をモーターの……回転警告を発するものである。」並びに意匠の説明の欄の記載、「各階層のグローブは……透明である。」は、全く矛盾する。

すなわち、上記意匠に係る物品の説明の欄の記載並びに意匠の説明の欄の記載による回転警告灯の意匠をモノクローム写真によって現した場合には、乙第33号証の2並びに乙第34号証の2からも明らかなように各階層のグローブは何らかのトーン(灰色明度のトーン)をもって現されるはずであり、願書に添付の図面代用写真のもののようにバックに透き抜けた全く無色の透明体のものとしてあらわされるはずがない。出願当初の願書に添付の図面代用写真と、昭和57年9月6日付で提出された「意見書に代え手続補正書」(甲第4号証)の補正内容(意匠に係る物品の説明の欄の記載並びに意匠の説明の欄の記載)とは、一致しない。

従って、本件手続補正書(甲第4号証)の補正が要旨の変更とならないとの被請求人の主張は理由がない。

(4)甲号意匠について

本件審判において、請求人が引用した意匠は、昭和56年10月発行のカタログ「パトライト」(甲第5号証)に記載の意匠、昭和57年7月1日株式会社日刊工業新聞社発行の技術雑誌「機械技術7月号」資料請求番号36頁所載の回転警示灯パトライト(甲第6号証)に記載の意匠、昭和57年8月1日株式会社日刊工業新聞社発行の雑誌「機械技術8月号」資料請求番号114頁所載の回転警示灯パトライト(甲第7号証)に記載の意匠は、本件手続補正書の提出日以前に、被請求人において公然と製造販売された製品における、上記甲第5乃至第7号証刊行物に示される各引用意匠には、本件登録意匠と実質上同一の意匠が開示されている。

その意匠は、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に3段順次積み上げ、それら各階層の基板上の装置の周囲を角筒状(立方体状)のグローブでおおい、頂端を天板で固定すると共に、各階層のグローブを異なった色に着色した透明のもの」とした構成が示されている。

本件登録意匠は、本件意匠登録出願がなされたと見做される本件手続補正書の提出日以前に国内において頒布された刊行物に記載され、かつ、公然実施されたものに該当し、あるいは少なくともそれらのものと類似し、またはそれらのものから、当業者が容易に創作できたものであるから、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項各号、または第2項の規定に違反して登録されたものであり、意匠法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。

2.被請求人の答弁

これに対して、被請求人代理人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」と答弁し、その要旨下記のように主張し、立証として乙第1乃至第19号証(枝番を含む)、乙第33号証の1乃至第34号証の2(枝番を含む)を提出した。

(1)要旨の変更について

本件登録意匠は、その出願当初の意匠に係る物品の説明を、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、角筒状のグローブでおおって天板で固定した積層回転灯。」とし、補正後は、「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ、各階層毎に色の異なる角筒状のグローブでおおって天板で固定し、各階層の回転灯装置より給電線を下部ケースの底穴より外部へ導出した構造の回転警告灯であり、例えば自動工作機器の電気制御部へ給電線を接続し、故障の場合は下より1層目へ給電して回転放光させ、材料切れは2層目を回転放光……と各階層色別に回転警告を発するものである。」として、意匠の説明は、出願時「グローブは着色または無色の透明である。」とし、補正後は、「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」とした。

上記補正後の意匠に係る物品の説明および意匠の説明は、何れも出願当初の図面代用写真と各説明では不充分ゆえに使用目的と透明部が不明確との拒絶理由通知(乙第1号証)があり、図面代用写真の物品を理解するために補正されたものである。出願当初の意匠の説明の「グローブは着色または無色の透明である。」では、着色と無色の双方を含むゆえ特定されていなく不明瞭な点を、補正による意匠の説明にて「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」と明確にし、その物品の使用目的を意匠に係る物品の説明とし前記のごとく明瞭にした迄のことである。

請求人は「願書に添付のモノクローム写真によって作成した図面代用写真(甲第3号証の2)によれば、各階層の三つのグローブは、それぞれ全く同一形態のものからなっていて、それらは、内部が透けて見える単一着色または無色の透明グローブ体によって構成されているものと認められるものであった。」と述べられているが、この種物品では階層毎に色分けすることが慣用的なものであることとも相まって、図面代用写真からグローブを直ちに「単一色着色」または「無色の透明」と決めてしまっている点にも無理がある。

審査過程の補正では、審査官からの拒絶理由通知書に基づき、意匠に係る物品を、より明瞭にすべく出願当初の意匠の説明を「グローブは着色または無色の透明である。」というあいまいな選択自由な内容から明確に限定した補正であり、図面代用写真に併せ判断しても決して当初の出願内容から逸脱しない。

(2)着色することは、ありふれている点に関して

東京高等裁判所の判決理由中「本件全証拠によっても、本件意匠の属する分野で積層回転灯(ないしは階層状に積み上げられた回転警告灯)の各階層を異なった色に着色することが当業者間で周知、慣用手段であり又は常識であると認めるには足りない。」(判決第16頁第8乃至第12行)と判断されているが、この点に関しては、新たなる証拠を以って、本件意匠の属する分野においては、積層回転灯(ないしは階層状に積み上げられ回転警告灯)の各階層を異なった色に着色することが当業者間で周知、慣用手段であり又は常識的なことであることを立証する。

乙第2号証の1及び2の横並びに装備した色別の信号灯が、乙第3号証の1乃至第8号証の2(枝番を含む)の色分け積層式の信号灯へ推移したのと同様に、乙第9乃至第14号証に挙げた色の異なるものを個別に横又は縦に並べて装備した回転警告灯が、本件登録意匠のように積層式のものへと推移したものである。

このように、複数階層を色分けにすること自体は、同一技術分野の信号灯のデザインの経緯からして当業者間においては周知慣用手段又は常識的なことである。

次いで、乙第15号証の記載から、階層毎にグローブの色を異にしたものを明示していることが明かである。乙第16号証の記載から、上下階層を色分けしていることが明白である。乙第17号証の記載から、各階層のグローブの色を異にしていることが明白である。複数の階層を設け、グローブの色を異にすることが、技術的ないし意匠的に公知にされた経緯があり、本件登録意匠の出願前公知の内容からグローブを階層毎に色分けすることが本件登録意匠の出願前から広く知られるに至っていたことは明白である。乙第18号証の記載から、上下に分けた表示口を色分けしていることが明示されている。乙第19号証の記載から、グローブ(ケース)を上下で色分けすることが明示されている。回転警告灯においても、グローブを上下に色分けする技術的ないしは意匠が公知となっていたことが明かである。

回転警告灯に関し、複数階層を色分けすることは同一技術分野ないしは意匠分野の信号灯において慣用されている事実や、回転警告灯自体の公知例からも、本件登録意匠の出願前において、当業者であれば、周知慣用的又は極く常識的に採用できる程度のものであったと判断される。

本件登録意匠の回転警告灯に関し、出願審査の経過の中で指令された拒絶理由通知(乙第1号証)に対して、透明部が不明確な点につき当時透明部として説明されていたうちの「着色の透明」について、異色着色透明を除外する理由が存しない。各階層毎の色分けがこの種物品の意匠の属する分野にあって、本件登録意匠の出願前において周知慣用又は極く常識的なことであったことから、各階層が異なった色のものからなることの説明を追加補正した迄のことである。積層式にしたものを同一着色にする方がむしろ奇異であり、この種物品の用途を踏まえた技術常識ないしは意匠常識から逸脱していると理解されるからである。

(3)本件登録意匠について

本件登録意匠は、モノクローム写真による出願に対して登録されたものであり、カラー写真による出願を対象としているものではない。意匠法第2条に規定する意匠のうち、物品の形状についての出願であり、色彩を要素に包含していない出願なのである。意匠の説明を「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」と訂正し、意匠に係る物品の説明を「電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に階層状に順次積み上げ各階層毎に色の異なる角筒状のグローブでおおって天板で固定し、各階層の回転灯装置より給電線を下部ケースの底穴より外部へ導出した構造の回転警告灯であり、例えば自動工作機器の電気制御部へ給電線を接続し、故障の場合は下より1層目へ給電して回転放光させ、材料切れは2層目を回転放光……と各階層色別に回転警告を発するものである。」と訂正したものである。

この訂正の趣旨は、モノクローム写真の出願ゆえに、着色の限定をして出願はしていないが、意匠に係る物品の理解を容易にすべく、実際上、実施する場合の説明をして、物品の「使用目的」をも明確にすべく、グローブをそれぞれ着色して実施することを明記し、しかもグローブを複数階層にする場合、周知、慣用的に行なわれているように各階層を異なった色に着色することを明記した迄のことである。

また、着色透明という概念中には、複数の階層では同一着色透明の場合と異色着色透明が一応包含されるが、当業界においては、慣用上、三階層共に同一着色にすることのないことを明確にし、異色着色透明で実施されることを明示したものである。ゆえに、出願当初の要旨を変更したものではない。

階層毎にグローブを異なった色に着色している場合であっても、撮影されたモノクローム写真が常に各階層に明度の差異があるわけではなく、グローブの着色度合によっては各階層に明度の差異がない、カラー写真とモノクローム写真(乙第33号証の1乃至第34号証の2(枝番を含む))からみても、三階層が色分けされていても、モノクローム写真として明度に殆ど差異なく撮影されて提供できるものである。この点は審決および判決の何れにおいても気付かれなかった全く新たな事実であり、新たな証拠である。

このことは、モノクローム写真による出願ではあえて色の限定をせずに出願がされ、明度に差はないが、現実には階層毎に着色が異なっている物品として実施さてれていることを証するものである。多くのモノクローム写真による出願は、現実には何等かの色彩を有した物品を着色限定のない意匠出願としてなすものであり、意匠に係る物品理解のために出願人がなした自発的な補正による説明や拒絶理由に対する物品理解のための補正による説明によって、モノクローム写真には当然表現されていない着色の説明が加えられた場合に、これが要旨を変更するということでは、補正時の物品理解のための説明が行い難くなり、これ迄の出願手続上の慣例が覆えされるのではないかと危惧するものである。

従って、着色透明のグローブを用いて複数層に回転警告灯を積層したものにあっては、各階層毎に異なった着色のものとすることは、本件登録意匠の出願前において周知慣用又は極く常識的なことであったことは明白であり、各階層が異なった色のものからなることの説明を追加補正した、昭和57年9月6日付提出の手続補正書は、何等出願時の要旨を変更するものではない。

(4)甲号意匠について

本件登録意匠の審査過程での補正は要旨変更された内容でなく、要旨内の補正に基づくものであり、従って、甲第5乃至第7号証の存在によって、何等その登録要件が阻害される理由はない。

3.当審の判断

(1)本件登録意匠について

本件登録意匠は、昭和56年5月29日に意匠登録出願(昭和56年意匠登録願第23584号)され、昭和59年2月13日に意匠権の設定の登録がなされたもので、願書の記載および願書に添付した図面代用写真の記載によれば、意匠に係る物品を「回転警告灯」とし、その形態を、別紙第一のとおりとしたものである。

その形態については、電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に3段階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置を角筒状(立方体)のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおい、頂端を天板で固定した構成としたものである。

(2)要旨の変更について

1)本件登録意匠は、昭和57年9月6日に意見書に代える手続補正書を提出して、その後、該意匠登録出願について、意匠権の設定の登録がなされたものである。

2)請求人代理人は、「昭和57年9月6日に提出した意見書に代える手続補正書に記載の補正内容は、本件登録意匠出願当初の記載の意匠の要旨を変更するものである。」と主張したが、平成4年10月8日に、当審において「当該手続補正書を要旨の変更とすることはできない。」として、本件登録意匠を無効にすることができないと審決をした。

3)これに対して、請求人は、平成4年12月1日に東京高等裁判所に出訴し、同裁判所において、審決を取り消す旨の判決(平成5年7月15日 判決言渡)があり、同判決が確定した。

4)審決取消判決における要旨の変更の判断

上記、審決取消判決における要旨の変更の判断理由は、以下の〈1〉~〈4〉であり〈5〉の理由により審決が取り消されたものである。

〈1〉意匠の登録出願人は、「事件が審査、審判又は再審に係属している場合に限り、その補正をすることができる」(意匠法60条の3)が、意匠の補正は出願に係る意匠の要旨を変更するものであってはならず、意匠登録後に要旨変更と認められたときは、その意匠登録出願は、その補正について補正書を提出した時にしたものとみなされる(同法15条1項、特許法40条)。そして、ここにいう「意匠の要旨」とは、「登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基いて定めなければならない。」(意匠法24条)との規定及び意匠登録出願の願書の記載事項を定めた同法6条の規定並びに意匠法施行規則1条1項、様式第1の趣旨に照らし、願書の添附図面(この図面に代わる写真、ひな形又は見本)と、「意匠に係る物品」、並びにこの記載のみでは意匠に係る物品又は意匠の内容を理解することが困難なために願書に記載する「意匠に係る物品の説明」及び「意匠の説明」に基づいて定められるべきものである。

したがって、補正された意匠の内容から把握される補正後の意匠の要旨が願書の記載事項により把握される出願に係る意匠の要旨と相違するときは、補正は意匠の要旨を変更するものというべきであり、その結果その意匠登録出願は当該手続補正書が提出された時にしたものとみなされる。

〈2〉これを本件についてみるに、願書添附の図面代用写真の左右側面図、正面図、背面図には、グローブの各階層は全く同一の透明に現わされ、各階層間に明度の差異がなく、この点については、意匠の説明の欄には、「グローブは着色または無色の透明である。」と記載されているのみで、グローブを各階層毎に異なる着色又は無色とすることを示す形容詞句はおろか、これを示唆する「各々」等の語すら全く冠されてなく、その他願書の全記載を検討してもこのような記載も示唆も存しないことが認められる。そして、本件全証拠によっても、本件意匠の属する分野で積層回転灯(ないしは階層状に積み上げられた回転警告灯)の各階層を異なった色に着色することが当業者間で周知、慣用手段であり又は常識であると認められるには足りない。出願に係る本件意匠の要旨は、意匠に係る物品を「積層回転灯」とし、その形態を願書添附の図面代用写真に示すとおりとし、その構成を電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を下部のケース上に階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置をすべて角筒状の単一着色透明のグローブ又は無色透明のグローブでおおって頂端を天板で固定したものと認められる。

被告は、本件意匠では着色限定していないモノクローム写真により意匠を現わしており、これが登録意匠の中核をなしており、実際の実施物品としての着色説明は補足的なもので、登録意匠の範囲認定から除外されるべきである、と主張する。

しかし、図面代用写真は意匠の要旨の中心的位置を占めるということはできるが、意匠の要旨はこれだけに限られるものでなく、意匠に係る物品、意匠に係る物品の説明、図面代用写真を説明するための意匠の説明の欄の記載と相まって意匠の内容、すなわち意匠の要旨が定められることは、前記〈1〉のとおりである。したがって、本件意匠において、意匠の説明の欄に記載されたグローブの色に関する説明も意匠の要旨をなすものであって、意匠の要旨から除外すべきものではないから、被告の上記主張は理由がない。

〈3〉ところで、拒絶理由通知書に記載された拒絶理由中の「透明部が不明確である。」との記載の趣旨は、前記意匠の説明の欄における「グローブは着色または無色の透明である。」との記載では出願に係る意匠の要旨がグローブを「単一着色透明のグローブ」とする構成と「無色透明のグローブ」とする構成を含むことになるので、いずれかを選択して透明部の構成を明確にするようにとの趣旨であったことは、当事者間に争いがない(したがって、審決がこの点について、意匠の説明が「グローブは着色または無色の透明である。」とするので、着色の内容と写真が一致しないから、前記拒絶理由通知が発せられたものである、と認定しているのは誤りである。)。

〈4〉本件補正は、前記拒絶理由通知書に対応してなされたものであることは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。

本件補正後の本件意匠の要旨が、意匠に係る物品を「回転警告灯」とし、その形態を願書添附の図面代用写真に示すとおりとし、その構成を電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を下部のケース上に階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置を角筒状のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおって頂端を天板で固定したものであることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

出願に係る本件意匠の要旨が各階層の基板上の装置をすべて角筒状の単一色透明のグローブ又は無色透明のグローブでおおって頂端を天板で固定した構成のものであるのに対して、本件補正後の本件意匠の要旨は各階層の基板上の装置を角筒状のそれぞれ異なった色に着色した透明なグローブでおおって頂端を天板で固定した構成のものであるから、本件補正は、本件意匠の重要な要素に変更を加え、補正の前後で意匠の本質の同一性を失わせるものであるから、意匠の要旨を変更するものというべきである(前記拒絶理由に対応して透明部の構成を明確にするには、前記グローブを各階層同一の「単一着色透明のグローブ」とするか「無色透明のグローブ」とすべきであった。)。

〈5〉以上のとおり、本件補正は出願当初の本件意匠の要旨を変更するものであるから、本件意匠の登録出願は、本件補正書を提出した時である昭和57年9月6日にしたものとみなされる。(意匠法15条1項、特許法40条)。しかるに、審決は、本件補正は要旨変更に当たらないと誤って判断した結果、上記出願日とみなされる日以前に頒布された刊行物である審判手続における甲第6号証及び甲第7号証に記載された意匠と同一の意匠であるかについて判断することなく、これらに記載された意匠によって本件意匠を無効とすることができないどの誤った結論を導いたものであって、違法であり、取消を免れない。

と判断された。

(3)着色することは、ありふれている点に関して

通常物品(市場に存在する商品)には、概ね色彩(物体色を含む)を表出しているのであるが、法上の意匠を目的として、その創作の結果物として創出された意匠(形態)を表現する手段には、図面、図面代用写真、ひな形、見本がある(意匠法第6条第1項及び同条第2項に規定)。創作をした意匠をどの範囲で表記するかは、創作者に全て委ねられるところである。出願人(創作者)によって作成提出された願書及び願書添付図面等に表現されたところが、当該出願人(創作者)以外が知り得る前記創出された意匠(形態)の全てであって、創作者が創作した意匠の全てを表現したか否かを創作者以外が知るよしもないところでもある。

ところで、意匠登録出願に際して、出願人(創作者)は創作した意匠に色彩が含まれるときは、その色彩について表現する場合、一般に図面等に着色して表されるのであるが、色彩に関する表現をする行為は、創作した意匠の形態につき積極的に色彩を表すことによって、当該意匠を一層明確にしたこととなるのである。

具体的に表現することによって、その前との比較において意匠上の要旨が表現した範囲においてより特定化がなされたとすることに、何ら不合理が生ずるものではないのであるが、色彩に係る配色によって生じた視覚上の効果については、これに軽重があり、その存在がその物品に係わる着色する行為(周知慣用性)と、その結果生じた視覚上の効果とについて、何れの観点から評価することが妥当かつ合理的であるかとすると、本件の場合(積層式の信号灯)にあっては、その色彩に係る配色によって生じた視覚的効果が直ちにその物品における周知慣用と断ずるわけにはいかないものであって、視覚上の効果を主として決すべきものである。

なお、請求人代理人もその存在を否認しないところの、〈1〉乙第3号証の1乃至第8号証の2(枝番を含む)を見ると、積層式の信号灯にその積層の各層部に種々の色彩を設けたものであることが認められるが、積層式の信号灯にその積層の各層部に種々の色彩を設けて商品が提供・使用されることを明示したまでのことであって、この種物品の属する分野においては、その物品の性質上、配色に係る視覚的効果が考慮されるところであることは云うまでもないところであり、また、特定した色彩に限られるものでもないところでもあり、その色彩の視覚的効果は、同一であるか否かの評価の判断要素として取り上げないわけにはいかない。(無視して、同一であると評価することができないところである。)

また、被請求人代理人は、〈2〉乙第2号証の1乃至第19号証(枝番を含む)を提出して、当該物品の分野においては、異なった色に着色することが当業者間で周知、慣用手段であり、又常識的なことであると主張しているのであるが、この種物品における使用目的を勘案して考察すると、この種物品においては、種々の色彩が形状と相互に関わり合って商品が提供あるいは提供したいことの事実として存在したまでのものと推察されるのであって、前記したとおり、この種物品の属する分野においては、その物品の性質上、配色に係る視覚的効果が考慮されるところであり、また、特定した色彩に限られるものでもないところでもあるから、この種物品の属する分野においては、異なった色に着色することが当業者間で周知、慣用手段であり、又常識的なことであるとする被請求人代理人の主張は採用することができない。

付言すれば、出願当初の願書及び添付図面代用写真による意匠の特定に関して、当該出願人(創作者)は、その意匠につき特定した意匠とするためには、「意匠に係る物品の説明」「意匠の説明」の各欄に何を記載することが適正で合理的であるかの検討が、充分でなかったと思われる。

例えば、「意匠の説明」の欄については、この場合、出願人(創作者)以外は知ることができない実態物(形態として存在する物体)として存在している外観形態を、光学的手法に基づいて現したのであるから、その図面代用写真に基づいて外観形態に係る補正として記述すべきことは、当該説明を、「透明である」とする記載に留めるべきであった。そして、色彩に関しては、「意匠に係る物品の説明」で物品の態様、つまり実施物としての物品の使用の目的、使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明として記載すべきであった。

(もし、色彩に関する記載については、「意匠の説明」の欄に誤って記載したものとして、「意匠に係る物品の説明」の欄に記載したと仮定すると、その説明は、物品の使用の目的、使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明の記載と位置づけて解されることとなり、その物品の果たす役割、つまり物品の使用の目的、使用の状態等物品に関して具体的かつ明確にされたこととなるのである。)

そこで、本件登録意匠に係る全書類をみると、前記したとおり、昭和57年9月6日に意見書に代える手続補正書を提出して、「意匠の説明」の欄を、「各階層のグローブはそれぞれ着色の透明である。」と補正して、その後、該意匠登録出願について、意匠権の設定の登録がなされたものであることは、請求人代理人および被請求人代理人の認めるところである。

そうして、判決において、昭和57年9月6日に意見書に代える手続補正書は、「本件補正は出願当初の本件意匠の要旨を変更するものであるから、本件意匠の登録出願は、本件補正書を提出した時である昭和57年9月6日にしたものとみなされる。」と判断されたように、該手続補正書を提出した時に本件意匠の意匠登録出願があったとするものであるから、本件登録意匠は、その出願の日を昭和57年9月6日と見做すほかない(意匠法第9条の二)。

(4)甲号意匠について

被請求人代理人が、その事実につて否認しなかった、昭和57年7月1日株式会社日刊工業新聞社発行の技術雑誌「機械技術7月号」資料請求番号36頁所載の回転警示灯パトライト(甲第6号証)に記載の意匠(以下、甲号意匠という。)であって、同頁の記載によれば、意匠に係る物品を「回転警告灯」とし、その形態を、別紙第二のとおりとしたものである。

その形態については、電球の周部をモータの駆動により反射鏡が回転する装置を設けた基板を、下部のケース上に3段階層状に順次積み上げ、各階層の基板上の装置を角筒状(立方体)のそれぞれ異なった明暗調子とした透明なグローブでおおい、頂端を天板で固定した構成としたものである。

(5)本件登録意匠と甲号意匠の類否判断

本件登録意匠は、請求人代理人が証拠として提出した前記の甲号意匠と比較検討すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態については、透明なグローブを、本件登録意匠は、それぞれ異なった色を着色したのに対して、甲号意匠は、それぞれ異なった明暗調子としている点に相違するところがある以外は、略一致する態様としている。

本件登録意匠の意匠に係る物品の欄の記載によれば、当該物品の使用の目的であるところの、使用時において各階層毎に放光させて警告等の情報を伝達するものであることが明らかであり、そのこと(放光させて警告等の情報を伝達するものであること)を勘案すると、上記透明なグローブの明暗調子の有無の相違は、微細な相違というほかないのであって、その相違は意匠全体として観察した場合、類否判断の評価に値しない相違であるから、本件登録意匠は、甲号意匠に類似する意匠というほかない。

(6)結び

したがって、本件登録意匠は、手続補正書を提出した昭和57年9月6日に出願したと見做すほかなく、その余の証拠及び主張について、取り上げて審理するまでもなく、その意匠に係る出願前に、日本国内において頒布された刊行物に記載された甲号意匠に類似する意匠であるから、意匠法第3条第1項第3号に該当し、同法同条同項の規定に違反して登録されたものであるから、同法第48条第1項第1号に該当し、同法同条同項の規定によって、その登録を無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年9月4日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品 回転警告灯

〈省略〉

別紙第二 甲号意匠

〈省略〉

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